2008年08月31日
全米オープン、錦織選手ベスト16!
テニスの全米オープン、錦織圭選手、3回戦突破しましたね。
世界ランキング4位の選手に対して、2セットアップしたものの、タイに追いつかれ、最終セットを奪取しての勝利。
ネットでセット2-2のところまで追っていましたが、その後、ニュースで勝利の報を聞き、「やるなぁ」と感心しました。
故障で途中棄権したウィンブルドンは本来の力を発揮できず、万全であればフェデラーとぶつかるところまで行けたと残念に思っていましたが、今回の全米、実力を遺憾なく発揮していますね。
上位シード選手を破っての16強。
これだけでも今大会後のランキングアップが楽しみですが、その前に、今大会でベスト4も狙えるのではないでしょうか。
次戦も楽しみですね。
世界ランキング4位の選手に対して、2セットアップしたものの、タイに追いつかれ、最終セットを奪取しての勝利。
ネットでセット2-2のところまで追っていましたが、その後、ニュースで勝利の報を聞き、「やるなぁ」と感心しました。
故障で途中棄権したウィンブルドンは本来の力を発揮できず、万全であればフェデラーとぶつかるところまで行けたと残念に思っていましたが、今回の全米、実力を遺憾なく発揮していますね。
上位シード選手を破っての16強。
これだけでも今大会後のランキングアップが楽しみですが、その前に、今大会でベスト4も狙えるのではないでしょうか。
次戦も楽しみですね。
2008年08月30日
1年
よかよかでブログを始めたのが、昨年の8月末。
ちょうど1年です。
始めるからにはと、一応、毎日更新を目標に書いてきました。
途中、無理に毎日投稿しなくてもいいかな、とも考えましたが、なぜか続けています。
日付が変わる前あたりのギリギリ更新も多いのですが、ひとまず1年続きました。
ということで、一区切りついたので、これからは休みの日も入れるかもしれません。
2~3回同じことを言っているような気もしますが・・・。
ちょうど1年です。
始めるからにはと、一応、毎日更新を目標に書いてきました。
途中、無理に毎日投稿しなくてもいいかな、とも考えましたが、なぜか続けています。
日付が変わる前あたりのギリギリ更新も多いのですが、ひとまず1年続きました。
ということで、一区切りついたので、これからは休みの日も入れるかもしれません。
2~3回同じことを言っているような気もしますが・・・。

2008年08月29日
北海道ツーリングの思い出(4)・旭川~名寄~稚内
ふと思いついたばかりに、このところ北海道ツーリングの話になっています。
ちなみに、私が二輪車で北海道をツーリングしたのは、合計3回。
四輪車でも1回あります。
そのほか、普通の旅行として3回北海道に行ってます。
学生時代に行って以来、北海道が好きになりましたね。
最後に北海道を訪れたのは、もう随分と前。また、行きたいですね。
・ ・ ・ ・ ・
さて、少し話を進めておきます。
北海道上陸初日の宿を旭川に取ったあと、2日目はひたすら北に向かって走りました。
旭川から国道40号線を北上。途中、名寄市を通過。
名寄と言えば、昭和の名大関・名寄岩の故郷。
もちろん、私は名寄岩の現役の頃は知りませんが、相撲が大好きだった小学生か中学生の頃、その筋の本の中で目にした名寄岩の名は、なぜか強烈に記憶の一隅に残っていたのです。
ですから、名寄と言えば名寄岩なのです。
話がそれました。
名寄も通過し、車の通行量も少ない国道を、天塩川の流れとともに走ります。
ゆったりと蛇行する天塩川を何度かまたぎつつ、「悠久」なんて言葉も浮かびましたね。
車もほとんど通らない道を走るのは、快適ではあるのですが、変化には乏しい道。
ちょっと退屈ではあります。
それで私は、時折忍び寄る眠気を、メットの下で歌を歌うことで追いやっていました。
何を歌っていたかって?
それはもちろん、中島みゆきさんですよ!
メットの下で、思いっ切り、シャウトしていたかな(笑)。
やがて、左手方向に、サロベツ原野を挟んで、利尻島に浮かぶ利尻富士が現れます。
利尻島の中心にそびえるこの利尻山。
海と空との間にまたがる円錐形の美しい稜線。おぼろげに今もその姿が目に浮かびます。
この日の目的地は、稚内。
ちょっと迷いながらも稚内のユースホステルに投宿。
日暮れまでちょっと時間があったので、丘の上の公園をめざして再び愛車にまたがりました。
が、ここでアクシデント。
細く、勾配が急な坂のカーブで対向車との離合を待っていたときに、バランスを崩して転倒。
ケガはなかったものの、愛車を起こすのに一苦労。750ccでしたので、重量は200kg超。必死になります。
転倒で気分がブルーになってしまい、丘の上の公園には少し居ただけですぐにユースに戻ってしまいました。
これが北海道2日目の出来事。
先日、ユースホステルのホームページから稚内のユースホステルを探したら、入口付近を写した写真に見覚えがありました。
「そうそう、こんな感じだったよなぁ」と懐かしくなりました。たった一泊でしたが、その時はお世話になりました。
ちなみに、私が二輪車で北海道をツーリングしたのは、合計3回。
四輪車でも1回あります。
そのほか、普通の旅行として3回北海道に行ってます。
学生時代に行って以来、北海道が好きになりましたね。
最後に北海道を訪れたのは、もう随分と前。また、行きたいですね。
・ ・ ・ ・ ・
さて、少し話を進めておきます。
北海道上陸初日の宿を旭川に取ったあと、2日目はひたすら北に向かって走りました。
旭川から国道40号線を北上。途中、名寄市を通過。
名寄と言えば、昭和の名大関・名寄岩の故郷。
もちろん、私は名寄岩の現役の頃は知りませんが、相撲が大好きだった小学生か中学生の頃、その筋の本の中で目にした名寄岩の名は、なぜか強烈に記憶の一隅に残っていたのです。
ですから、名寄と言えば名寄岩なのです。
話がそれました。
名寄も通過し、車の通行量も少ない国道を、天塩川の流れとともに走ります。
ゆったりと蛇行する天塩川を何度かまたぎつつ、「悠久」なんて言葉も浮かびましたね。
車もほとんど通らない道を走るのは、快適ではあるのですが、変化には乏しい道。
ちょっと退屈ではあります。
それで私は、時折忍び寄る眠気を、メットの下で歌を歌うことで追いやっていました。
何を歌っていたかって?
それはもちろん、中島みゆきさんですよ!
メットの下で、思いっ切り、シャウトしていたかな(笑)。
やがて、左手方向に、サロベツ原野を挟んで、利尻島に浮かぶ利尻富士が現れます。
利尻島の中心にそびえるこの利尻山。
海と空との間にまたがる円錐形の美しい稜線。おぼろげに今もその姿が目に浮かびます。
この日の目的地は、稚内。
ちょっと迷いながらも稚内のユースホステルに投宿。
日暮れまでちょっと時間があったので、丘の上の公園をめざして再び愛車にまたがりました。
が、ここでアクシデント。
細く、勾配が急な坂のカーブで対向車との離合を待っていたときに、バランスを崩して転倒。
ケガはなかったものの、愛車を起こすのに一苦労。750ccでしたので、重量は200kg超。必死になります。
転倒で気分がブルーになってしまい、丘の上の公園には少し居ただけですぐにユースに戻ってしまいました。
これが北海道2日目の出来事。
先日、ユースホステルのホームページから稚内のユースホステルを探したら、入口付近を写した写真に見覚えがありました。
「そうそう、こんな感じだったよなぁ」と懐かしくなりました。たった一泊でしたが、その時はお世話になりました。

2008年08月28日
北海道ツーリングの思い出(3)・自宅~舞鶴フェリー埠頭
学生時代の北海道ツーリングの続きです。
最初に書いていませんでしたが、大学3年の夏、お盆近くまでアルバイトをして、旅行の資金を稼ぎました。
「北海道を走ってみたいなぁ」と漠然とした希望はもっていましたが、距離といい、旅費といい、学生の身分ではそうそう実現できる夢ではないと思っていました。
しかし、ある日、決めたのです。
「北海道に行くぞ!」と。
そこで夏休み前半をバイトに励み、同時にツーリングの準備を進めていきました。
ツーリングの予定は約2週間。
野宿もするかも、とシュラフや安価なアルミ食器を買い、大きなバッグも買いました。
あとは地図を見て、大まかに道程を考えていました。
出発の朝。
興奮からか、眠りは浅いものでした。
あだ明けやらぬ午前4時過ぎ、自宅を発ちました。
確か、山口までは下の道を走り、その後、中国自動車道に入りました。
高速は兵庫県・滝野社インターまで、およそ500km。
残暑の厳しい中、単調な道をひたすら走りました。途中、どこかのSAで昼食をとりましたが、暑さによる体力消耗のためか、あまり食べられなかったのを覚えています。
インターを降りたのは夕方4時くらいでしょうか。そこからさらに100キロメートルほど、峠を越えて若狭湾の舞鶴港を目指します。
港に着いたのは、何とかフェリーの出発に間に合う午後7時過ぎ。
あたふたと乗船手続きを済ませたあと、鉄のスロープでの転倒に注意しながら船内にマシンを乗せ、重い荷物を降ろして船室へ。
2等寝台の狭いベッドに荷物を押し込み、ようやく横になりました。
この日は走行は700km以上。
1日における走行距離としては、1番か2番ではないでしょうか(四輪含む)。
とにかく、暑くて、きつかったなぁ。走りながら戻しそうになりましたからね。
暑く、長い一日。
これが、北海道ツーリングのホントの初日の話です。
最初に書いていませんでしたが、大学3年の夏、お盆近くまでアルバイトをして、旅行の資金を稼ぎました。
「北海道を走ってみたいなぁ」と漠然とした希望はもっていましたが、距離といい、旅費といい、学生の身分ではそうそう実現できる夢ではないと思っていました。
しかし、ある日、決めたのです。
「北海道に行くぞ!」と。
そこで夏休み前半をバイトに励み、同時にツーリングの準備を進めていきました。
ツーリングの予定は約2週間。
野宿もするかも、とシュラフや安価なアルミ食器を買い、大きなバッグも買いました。
あとは地図を見て、大まかに道程を考えていました。
出発の朝。
興奮からか、眠りは浅いものでした。
あだ明けやらぬ午前4時過ぎ、自宅を発ちました。
確か、山口までは下の道を走り、その後、中国自動車道に入りました。
高速は兵庫県・滝野社インターまで、およそ500km。
残暑の厳しい中、単調な道をひたすら走りました。途中、どこかのSAで昼食をとりましたが、暑さによる体力消耗のためか、あまり食べられなかったのを覚えています。
インターを降りたのは夕方4時くらいでしょうか。そこからさらに100キロメートルほど、峠を越えて若狭湾の舞鶴港を目指します。
港に着いたのは、何とかフェリーの出発に間に合う午後7時過ぎ。
あたふたと乗船手続きを済ませたあと、鉄のスロープでの転倒に注意しながら船内にマシンを乗せ、重い荷物を降ろして船室へ。
2等寝台の狭いベッドに荷物を押し込み、ようやく横になりました。
この日は走行は700km以上。
1日における走行距離としては、1番か2番ではないでしょうか(四輪含む)。
とにかく、暑くて、きつかったなぁ。走りながら戻しそうになりましたからね。
暑く、長い一日。
これが、北海道ツーリングのホントの初日の話です。
2008年08月27日
北海道ツーリングの思い出(2)・富良野
昨日書いた、学生時代の北海道ツーリングの記憶の糸を手繰っていくと、北海道上陸初日、旭川に到着する前に滝川から東に向かって富良野を訪れていたことを思い出しました。
富良野といえばラベンダー畑。
8月下旬といえばもう時期はずれでしたが、富良野駅近くのラベンダー畑を訪れると、「北の国から」の例のメロディがエンドレスで流れていました。
丘陵を登り、風景を記念撮影。心地よい風が流れていたように思います。
富良野の街をしばらく走ったあと、旭川に向かいました。
その後、豪雨に見舞われたのは、昨日書いた通りです。
旭川のユースホステルに投宿すると、自転車でやってきたという工業高専生と話し込みました。
何を話したかはもう忘却の彼方ですが、彼とはその後、再会したこともあって、印象に残っています。
翌日、旭川を発つと、最北の街、稚内を目指しました。
続きはまた。
富良野といえばラベンダー畑。
8月下旬といえばもう時期はずれでしたが、富良野駅近くのラベンダー畑を訪れると、「北の国から」の例のメロディがエンドレスで流れていました。
丘陵を登り、風景を記念撮影。心地よい風が流れていたように思います。
富良野の街をしばらく走ったあと、旭川に向かいました。
その後、豪雨に見舞われたのは、昨日書いた通りです。
旭川のユースホステルに投宿すると、自転車でやってきたという工業高専生と話し込みました。
何を話したかはもう忘却の彼方ですが、彼とはその後、再会したこともあって、印象に残っています。
翌日、旭川を発つと、最北の街、稚内を目指しました。
続きはまた。
2008年08月26日
北海道ツーリングの思い出(1)・北海道上陸初日
学生の頃、ちょうど今くらいの時期に北海道に一人旅に出ました。
オートバイで京都・舞鶴港まで走り、フェリーで小樽港に入りました。
まだ明けやらぬ早朝、憧れの北の大地に上陸し、胸の高まりを覚えながら初めての道を走りました。
とりあえず札幌に向かい、旧北海道庁かどこかの古いレンガ造りの建物の前で小休止しました。
通勤ラッシュの時間の前で、車は少なかったのですが、スパイクタイヤの影響か、当時の道路はわだちが深く、市内はちょっと走りにくかったように覚えています。
そこから旭川市に向けて北上。
北海道独特の、積雪時の車線の位置を示す逆J字の矢印ポールに感激しながら、快適にオートバイを走らせました。
途中、渓谷に立ち寄ったあと、旭川市内へ。
その日の宿をユースホステルに決めるも、豪雨に迎えられ、しばし雨宿りしましたが、止む気配なく、「これは事故るかも」と怖がりながら、雨の中、YHに向かいました。
幸い、事故を起こすこともなく到着し、興奮の北海道1日目を終えました。
ちなみに、その日の夜は、近くの食堂で旭川ラーメンで食事をとりました。
思いつきでしたが、北海道ツーリングの話、しばらく続けようかな。
オートバイで京都・舞鶴港まで走り、フェリーで小樽港に入りました。
まだ明けやらぬ早朝、憧れの北の大地に上陸し、胸の高まりを覚えながら初めての道を走りました。
とりあえず札幌に向かい、旧北海道庁かどこかの古いレンガ造りの建物の前で小休止しました。
通勤ラッシュの時間の前で、車は少なかったのですが、スパイクタイヤの影響か、当時の道路はわだちが深く、市内はちょっと走りにくかったように覚えています。
そこから旭川市に向けて北上。
北海道独特の、積雪時の車線の位置を示す逆J字の矢印ポールに感激しながら、快適にオートバイを走らせました。
途中、渓谷に立ち寄ったあと、旭川市内へ。
その日の宿をユースホステルに決めるも、豪雨に迎えられ、しばし雨宿りしましたが、止む気配なく、「これは事故るかも」と怖がりながら、雨の中、YHに向かいました。
幸い、事故を起こすこともなく到着し、興奮の北海道1日目を終えました。
ちなみに、その日の夜は、近くの食堂で旭川ラーメンで食事をとりました。
思いつきでしたが、北海道ツーリングの話、しばらく続けようかな。
2008年08月25日
涼しくなりました。
今日は帰ってもオリンピック放送もないので、そわそわしながら帰り支度を急ぐ必要はないのですが、時刻も遅くなりましたので、そろそろ仕事も終わりにする予定です。
それにしても、ここ数日は涼しく(感じるように)なりましたね。
昼間、ちょっと外出した際も、日差しはあるものの強烈な暑さはありません。適度に風が吹いていたためか、いくぶんさわやかさを覚えるほどでした。
と、ここで気を抜いてしまうと、体調を崩す場合があるので、要注意です。
今週も仕事満載なので、体調管理にも気を配りたいと思います。
それにしても、ここ数日は涼しく(感じるように)なりましたね。
昼間、ちょっと外出した際も、日差しはあるものの強烈な暑さはありません。適度に風が吹いていたためか、いくぶんさわやかさを覚えるほどでした。
と、ここで気を抜いてしまうと、体調を崩す場合があるので、要注意です。
今週も仕事満載なので、体調管理にも気を配りたいと思います。
2008年08月24日
オリンピック・まもなく閉幕
このところ、ずっと話題に取り上げていたオリンピックも、今日で閉幕。
今回は事前に思っていた以上に、よくオリンピックの放送を観た気がします。
4年に1度しかない大会ゆえの、悲喜こもごものシーンもいくつもありました。
よい意味で期待を裏切った選手、逆に戦前の期待に沿えない結果に終わった選手。
第三者の立場でありながら、こちらも結果に一喜一憂。
でも、どの選手も多くの努力と精進を重ねてオリンピックの舞台にたどりつき、私たちに期待と希望を与えてくれました。
結果とは関係なく、参加した選手たちみんなに感謝と労いの言葉を贈りたいと思います。
有り難う&お疲れ様。
いやぁ、それにしてもこの2週間余、大いに楽しみました。
追伸。
日本選手団の主将を務めた鈴木桂治選手。
自身の試合結果で苦しい思いを引きずっていながらも、最後まで北京に残って日本の選手の応援に回っているそうですね。
アテネで同じような境遇となった井上康生選手と同様に、主将としての務めを全うしようとするその姿に、勇気を与えられた選手もいるのではないでしょうか。
現役引退を示唆しているようですが、日本に戻って、ゆっくりとこれからのことを考えてほしいと思います。
今回は事前に思っていた以上に、よくオリンピックの放送を観た気がします。
4年に1度しかない大会ゆえの、悲喜こもごものシーンもいくつもありました。
よい意味で期待を裏切った選手、逆に戦前の期待に沿えない結果に終わった選手。
第三者の立場でありながら、こちらも結果に一喜一憂。
でも、どの選手も多くの努力と精進を重ねてオリンピックの舞台にたどりつき、私たちに期待と希望を与えてくれました。
結果とは関係なく、参加した選手たちみんなに感謝と労いの言葉を贈りたいと思います。
有り難う&お疲れ様。
いやぁ、それにしてもこの2週間余、大いに楽しみました。

追伸。
日本選手団の主将を務めた鈴木桂治選手。
自身の試合結果で苦しい思いを引きずっていながらも、最後まで北京に残って日本の選手の応援に回っているそうですね。
アテネで同じような境遇となった井上康生選手と同様に、主将としての務めを全うしようとするその姿に、勇気を与えられた選手もいるのではないでしょうか。
現役引退を示唆しているようですが、日本に戻って、ゆっくりとこれからのことを考えてほしいと思います。
2008年08月23日
オリンピック・男子400mリレー決勝
また昨夜の話で恐縮ですが、陸上・男子400mリレー決勝、こちらも力が入りました。
第一走者の塚原選手から上位争いに絡むレース。自慢のバトンワークもよかったのでしょう、ニ走の末續選手から三走の高平選手まで上位を維持。さすがに、第三走のジャマイカ・ボルト選手は次元の違う走りでしたが。
アンカーの朝原に渡った時点で2位争い。一緒に見ていた奥さんも「行けー!」
そして、ゴールシーン。
ジャマイカ・パウエルのあと、一瞬の間を置いて画面に現れた朝原選手は3位で入線。
「やったー!」と外に漏れるほどの声を上げた奥さん。でも、ご近所からも同じような歓喜の声が聞こえてきました。
伝説の人見絹江選手以来、80年ぶりのトラック競技でのメダル獲得。
レース後のインタビューで見せた4選手の感極まった表情に、このレースに全力を掛けた、執念とも言うべき彼らの強い情念を感じました。
塚本・末續・高平・朝原の4選手、見事な銅メダル、おめでとうございます。
第一走者の塚原選手から上位争いに絡むレース。自慢のバトンワークもよかったのでしょう、ニ走の末續選手から三走の高平選手まで上位を維持。さすがに、第三走のジャマイカ・ボルト選手は次元の違う走りでしたが。
アンカーの朝原に渡った時点で2位争い。一緒に見ていた奥さんも「行けー!」
そして、ゴールシーン。
ジャマイカ・パウエルのあと、一瞬の間を置いて画面に現れた朝原選手は3位で入線。
「やったー!」と外に漏れるほどの声を上げた奥さん。でも、ご近所からも同じような歓喜の声が聞こえてきました。
伝説の人見絹江選手以来、80年ぶりのトラック競技でのメダル獲得。
レース後のインタビューで見せた4選手の感極まった表情に、このレースに全力を掛けた、執念とも言うべき彼らの強い情念を感じました。
塚本・末續・高平・朝原の4選手、見事な銅メダル、おめでとうございます。
2008年08月22日
オリンピック・ソフトボール決勝(その2)
昨日の話題で恐縮ですが、ソフトボールの決勝の試合は力が入りましたね。
帰宅して何とか最終回のシーンに間に合ったものの、7回裏はランナーを出してピンチの局面。
それでも三塁手の立て続けの好プレーで、ついにゲームセット!
悲願の金メダル獲得です。
解説の宇津木前監督が声を詰まらせていたのが、チームの思いを代弁しているようで、観ている側にも感情が伝わってきました。
きっと、日本中の多くの人たちがこの試合を注目していたことだろうと思っていましたが、テレビ視聴率は最高47.7%に達したとのこと。それも然りです。
ソフトボールの選手たちの偉業は、多くの人たちに歓喜の声を挙げさせたのではないでしょうか(私もその一人)。
帰宅して何とか最終回のシーンに間に合ったものの、7回裏はランナーを出してピンチの局面。
それでも三塁手の立て続けの好プレーで、ついにゲームセット!
悲願の金メダル獲得です。
解説の宇津木前監督が声を詰まらせていたのが、チームの思いを代弁しているようで、観ている側にも感情が伝わってきました。
きっと、日本中の多くの人たちがこの試合を注目していたことだろうと思っていましたが、テレビ視聴率は最高47.7%に達したとのこと。それも然りです。
ソフトボールの選手たちの偉業は、多くの人たちに歓喜の声を挙げさせたのではないでしょうか(私もその一人)。
2008年08月21日
オリンピック・ソフトボール決勝
オリンピック・ソフトボールの決勝は只今試合中(らしい)。
昨日の2試合に続き、今日も上野選手が先発し、日本がリードしているようです。
ネットの記事を読むだけでも、悲願の金メダルに向けて、この試合にかける選手たちの気迫が伝わる気がします。
これから帰り支度をしますが、試合終了には間に合わない、かな。
ガンバレ、ニッポン。
昨日の2試合に続き、今日も上野選手が先発し、日本がリードしているようです。
ネットの記事を読むだけでも、悲願の金メダルに向けて、この試合にかける選手たちの気迫が伝わる気がします。
これから帰り支度をしますが、試合終了には間に合わない、かな。
ガンバレ、ニッポン。
2008年08月20日
オリンピック・ソフトボール準決勝
オリンピック・ソフトボール女子の決勝トーナメント。
日本代表の今日の2試合は壮絶な試合だったようですね。
午前に試合開始の対アメリカ戦は、投手戦で両チーム無得点のまま延長タイブレークに突入。
お昼にネットで速報を確認していると、9回表にアメリカが4得点。裏の攻撃で1点を返したようですが、日本は敗退。
夕方からのオーストラリアとの3位確定戦。
こちらはあと1アウトで勝利というところで同点本塁打を被弾。またしても延長突入です。
ただ、そのことを知ったのは試合後。ちょうど帰宅した時、日本は12回裏の攻撃に入ったところでした。
「えっ、12回!?」と驚きつつ、第1戦に続いての延長で、激闘が続いていることを察しました。
チャンスを広げて1アウト満塁。ここで2番バッターが外野へボールをはじき返したとき、思わず声が出ました。
熱戦を勝ち抜いた日本、選手の意気に拍手です。
主戦の上野投手は今日1日300球以上を投じたとのこと。
明日の決勝、アメリカとの再戦で上野投手が再び投げるかはわかりませんが、選手一丸となって、金メダルを目指して戦ってほしいと思います。
日本代表の今日の2試合は壮絶な試合だったようですね。
午前に試合開始の対アメリカ戦は、投手戦で両チーム無得点のまま延長タイブレークに突入。
お昼にネットで速報を確認していると、9回表にアメリカが4得点。裏の攻撃で1点を返したようですが、日本は敗退。
夕方からのオーストラリアとの3位確定戦。
こちらはあと1アウトで勝利というところで同点本塁打を被弾。またしても延長突入です。
ただ、そのことを知ったのは試合後。ちょうど帰宅した時、日本は12回裏の攻撃に入ったところでした。
「えっ、12回!?」と驚きつつ、第1戦に続いての延長で、激闘が続いていることを察しました。
チャンスを広げて1アウト満塁。ここで2番バッターが外野へボールをはじき返したとき、思わず声が出ました。
熱戦を勝ち抜いた日本、選手の意気に拍手です。
主戦の上野投手は今日1日300球以上を投じたとのこと。
明日の決勝、アメリカとの再戦で上野投手が再び投げるかはわかりませんが、選手一丸となって、金メダルを目指して戦ってほしいと思います。
2008年08月19日
オリンピック・女子棒高跳び
昨夜のオリンピックは、女子棒高跳びの決勝を観戦。
優勝したイシンバエワ選手の跳躍は、他選手を圧倒していましたね。
成功すれば皆そうなのかもしれませんが、中空に浮かぶバーを越えるとき、しなやかに舞う彼女の跳躍に、美しさを感じました。
金メダルを確定させたあとの世界記録への挑戦。
2度の試技の失敗で、ちょっと無理かと思われた最後の試技。
見事な跳躍でバーに触れることなく歓喜の表情のまま重力に身を委ねたイシンバエワ。
喝采するばかりです。
優勝したイシンバエワ選手の跳躍は、他選手を圧倒していましたね。
成功すれば皆そうなのかもしれませんが、中空に浮かぶバーを越えるとき、しなやかに舞う彼女の跳躍に、美しさを感じました。
金メダルを確定させたあとの世界記録への挑戦。
2度の試技の失敗で、ちょっと無理かと思われた最後の試技。
見事な跳躍でバーに触れることなく歓喜の表情のまま重力に身を委ねたイシンバエワ。
喝采するばかりです。
2008年08月18日
急いで帰ります。
今夜はこれから帰宅するので、オリンピックの様子はネットで少々見たのみ。
野球のカナダ戦は1対0の辛勝だった模様。星野監督もドキドキものでしょうね。
さて、急いで帰って、オリンピックのダイジェスト版を観ようと思います。
野球のカナダ戦は1対0の辛勝だった模様。星野監督もドキドキものでしょうね。
さて、急いで帰って、オリンピックのダイジェスト版を観ようと思います。
2008年08月17日
オリンピック・競泳メドレーリレー
今日は午前中からオリンピック観戦。
競泳のメドレーリレー決勝は、男女とも力が入りました。
女子は日本新記録ながら、メダルには届かず残念でしたが、男子は終始メダル圏内でのレース展開。
第三泳者を終えてアメリカに次ぐ2位で最終泳者に。
実力上位のオーストラリアには抜かれたものの、追い上げるロシアを振り切って見事3位入線。銅メダル獲得です。
インタビューで最終泳者の佐藤選手が涙ぐんでいましたが、彼のプレッシャーは相当なものだったはずです。責任を果たした安堵感と、メダル獲得の喜びが入り混じっての涙ではないでしょうか。
北島に続く若手選手の台頭も見られ、今後の競泳陣の伸びをさらに期待したいものです。
競泳のメドレーリレー決勝は、男女とも力が入りました。
女子は日本新記録ながら、メダルには届かず残念でしたが、男子は終始メダル圏内でのレース展開。
第三泳者を終えてアメリカに次ぐ2位で最終泳者に。
実力上位のオーストラリアには抜かれたものの、追い上げるロシアを振り切って見事3位入線。銅メダル獲得です。
インタビューで最終泳者の佐藤選手が涙ぐんでいましたが、彼のプレッシャーは相当なものだったはずです。責任を果たした安堵感と、メダル獲得の喜びが入り混じっての涙ではないでしょうか。
北島に続く若手選手の台頭も見られ、今後の競泳陣の伸びをさらに期待したいものです。
2008年08月16日
オリンピック・卓球男子団体
今夜もオリンピックを観ていましたが、卓球男子の団体はしびれる試合でした。
対ドイツ戦。シングルス2敗から、ダブルスに勝ち、次のシングルスも逆転勝ちで2-2のタイに。
最後のシングルスも最終ゲームまでもつれる展開。実力上位の相手に対して互角の戦いをしていましたが、最後は力尽きました。
あまりスポットの当たる機会が少ない卓球・男子ですが、非常に力の入る好ゲームでしたね。
男子も女子も、残念ながら金には届きませんでしたが、銅メダルめざして頑張ってほしいと思います。
対ドイツ戦。シングルス2敗から、ダブルスに勝ち、次のシングルスも逆転勝ちで2-2のタイに。
最後のシングルスも最終ゲームまでもつれる展開。実力上位の相手に対して互角の戦いをしていましたが、最後は力尽きました。
あまりスポットの当たる機会が少ない卓球・男子ですが、非常に力の入る好ゲームでしたね。
男子も女子も、残念ながら金には届きませんでしたが、銅メダルめざして頑張ってほしいと思います。
2008年08月15日
感謝の言葉
オリンピックで、メダリストへのインタビューを聞いていると、周囲の方への感謝の言葉を口にする選手が多いことに気付きました。
「自分がここまで来れたのも、○○先生や周囲の皆さんが支えてくれたおかげです」、といった具合。
以前はこれほど、耳にしなかったように思いますが、どうでしょうか?
それだけ、近年は選手に対する支援プログラムがしっかりしてきたことを示しているのかもしれませんね。
「自分がここまで来れたのも、○○先生や周囲の皆さんが支えてくれたおかげです」、といった具合。
以前はこれほど、耳にしなかったように思いますが、どうでしょうか?
それだけ、近年は選手に対する支援プログラムがしっかりしてきたことを示しているのかもしれませんね。
2008年08月14日
オリンピック・第7日
連日、オリンピックの話題ばかりですが、今日もメダル獲得ですね。
競泳・平泳ぎ200mは北島選手が貫禄の優勝。
世界新記録にはわずかに及びませんでしたが、2大会連続の2種目金メダルは、偉業と言ってよいのではないでしょうか。
体操・男子個人総合は、冨田選手の吊り輪での落下が残念でした。惜しくもメダルに届かず第4位。残念です。
一方、若手の内村選手は飄々としながらも冷静に戦況を見極め、見事に銀メダル。次世代の選手の台頭は、次の大会にも期待が膨らみますね、
野球は現在試合中。わずかなリードでドキドキしていますが、これからまた応援します。
競泳・平泳ぎ200mは北島選手が貫禄の優勝。
世界新記録にはわずかに及びませんでしたが、2大会連続の2種目金メダルは、偉業と言ってよいのではないでしょうか。
体操・男子個人総合は、冨田選手の吊り輪での落下が残念でした。惜しくもメダルに届かず第4位。残念です。
一方、若手の内村選手は飄々としながらも冷静に戦況を見極め、見事に銀メダル。次世代の選手の台頭は、次の大会にも期待が膨らみますね、
野球は現在試合中。わずかなリードでドキドキしていますが、これからまた応援します。
2008年08月13日
オリンピック・第6日
連日のメダル獲得で、オリンピック、盛り上がってきているように感じます。
本日は、帰宅後、野球の初戦を観戦していますが、苦戦中。
やはりキューバは難敵です。2点ビハインドの9回もはや2アウト。
と言っているうちに、2ストライクと追い込まれました。
あっ・・・・・・敗戦。
しかし、まだ初戦。予選リーグの残りの試合を落とさずに、勝利を積み上げてほしいと思います。
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明日は競泳200m平泳ぎの決勝が楽しみですね。
北島選手、世界新での金メダル、期待しています。
本日は、帰宅後、野球の初戦を観戦していますが、苦戦中。
やはりキューバは難敵です。2点ビハインドの9回もはや2アウト。
と言っているうちに、2ストライクと追い込まれました。
あっ・・・・・・敗戦。
しかし、まだ初戦。予選リーグの残りの試合を落とさずに、勝利を積み上げてほしいと思います。
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明日は競泳200m平泳ぎの決勝が楽しみですね。
北島選手、世界新での金メダル、期待しています。
2008年08月12日
オリンピック・第5日
今日も金メダルが出ましたね。
柔道の谷本選手。すべて一本勝ちでの二連覇は、お見事の一言です。
今夜は競泳の予選を観ましたが、男子自由形800mリレーが印象的でした。
日本記録を3秒縮めての新記録での決勝進出。選手の気迫が伝わってきました。
メダルまではちょっと厳しいかもしれませんが、1つでも上位を目指して頑張ってほしいと思います。
柔道の谷本選手。すべて一本勝ちでの二連覇は、お見事の一言です。
今夜は競泳の予選を観ましたが、男子自由形800mリレーが印象的でした。
日本記録を3秒縮めての新記録での決勝進出。選手の気迫が伝わってきました。
メダルまではちょっと厳しいかもしれませんが、1つでも上位を目指して頑張ってほしいと思います。